Interview No.75 田邊 悟
理学院
はじめまして、理学院化学系の田邊悟です。以前は民間企業に勤務していましたが、2024年に退職して博士課程に進学しました。趣味の一つにカメラがあり、風景の写真をよく撮ります。

研究概要 / Research Outline
細胞膜に存在する孔:K+チャネルは、Na⁺よりも大きいK⁺を約100倍速く選択的に透過させる特異な機能をもち、神経伝達などの機能を担う。この選択性はチャネル内部の選択フィルター(SF) のイオン認識に由来すると考えられている。X線結晶構造解析からは、SF内にK⁺と水分子が共存し、水分子が電荷を薄めることで円滑な透過を促す機構が提案されてきた。一方、近年のNMR等 による研究では、K⁺のみの存在とK+間の静電反発による透過モデルが提案され、水分子が必要なのかどうか議論が続いている。従来の研究手法では、K+だけの状況とK+と水分子が共存する状況を切り分け用意してSF内のイオン移動を測定できないためこの論争の決着が難しい。そこで、SFを模倣して複数の金属イオンを包接できる分子を合成して2種類の先端計測の複合的解析によってイオン認識の解明を試みている。まず、冷却イオントラップ赤外分光により水分子の有無を明確に制御した錯イオンを用意してその構造を原子レベルで決定、さらに基板上に蒸着した同一錯体を走査型プローブ顕微鏡で観察し、原子レベルの電極に電圧印加してイオンの引き抜き/移動しやすさを測定する。これにより、錯イオン構造とイオン移動特性の相関を明らかにし、K⁺選択的高速透過の分子機構の解明を目指している。
民間企業を退職して博士後期課程に進学して
企業とアカデミアの両方を経験する中で、研究の進め方や求められるスタンスに大きな違いがあることに気づきました。今回は、それぞれの立場における魅力について少し紹介できればと思います。何か皆様の一助となれば幸いです。
アカデミアでの研究
釈迦に説法かと思いますが、大学における研究活動の特徴は、自分の好奇心を原動力として興味を際限なく掘り下げられる点です。研究テーマの選定から手法の選択まで自由度が高く、自らの発想で道を切り拓く醍醐味があります。ニッチなテーマや尖った研究の選択、自身の色を反映することができるといった点も魅力です。さらに、成果は論文や学会発表を通して発信され、世界中の研究者と知見を共有できることも大きなモチベーションになります。自分の研究が教科書に載ることや新たな研究分野の基盤となることで活かされ続ける可能性があることもアカデミアならではです。数百年後にも誰かが自身の研究に触れる可能性があることにはとてもロマンがあります。
企業における研究
企業での研究は、より明確なスケジュール準拠とゴールに対する答え合わせになるような成果が求められます。その中で大きく二つのタイプに分けられます。
1. 基礎研究型 長期的な視点で企業の次世代事業につながる技術や、企業の技術力をアピールするための基礎研究的な取り組みです。アカデミアとの共同研究も比較的多く、成果の発信が特許だけではなく、論文や学会発表といった学術的な方向にも向く傾向がみられました。企業によっては独立した研究所施設(事業部門から独立したもの)を構えており、論文購読や勉強会・輪読会などの環境が揃っていることから職場の雰囲気が大学の研究室に近い場合もあります。実際に自ら手を動かしてラボスケールで実験したりする他にも、同業/専門業者・学術機関への外注実験やそれらとの共同実験といった企業ならではの大規模な経験ができるかもしれません。在籍者にはアカデミアから来られた方や逆にアカデミアに戻られる方も見受けられました。
2. 技術開発型 既存事業をさらに発展させるための3〜5年先を見据えた技術開発です。企業の四半期ごとのマイルストーンに沿って業務を進めるため、ゴールが見えており見通しの良い活動が特徴です。業務は工場併設の研究開発施設で盛んに行われ、研究所だけではなく工場側の部門とも協力しながら技術を実用化するような特徴があります。この部門は事業部に属していることが多いような気がします。そのためゴールには事業部を意識したものを設定することが多く、成果は研究所から生産部門まで社内の幅広い層に向けて発信されます。研究所と工場の架け橋となるイメージでしょうか。ここで扱われる技術の多くにはノウハウなどの機密情報が多く含まれており、外への発表に至らないこともあります。一方で、製品化に至れば市場で自身の携わったものを目にすることができ、場合によっては特許や社内向け技術報としてまとめることもあります。
企業研究の特徴とやりがい
民間企業における研究開発では、最終的に製品やサービスに結びつき、事業として成果を生むことが共通目的です。そのため、タイムマネジメントやチームでの連携が重要視されます。企業では時間が限られており、個人で没頭するプレイヤーとしての働き方というよりは、プロジェクトの一員として様々な人々と協働することが求められます。チームメンバーのバックグラウンドも多岐にわたるため各々が分野の責任者として振る舞うことが求められる傾向もありました。設備に関しては、大学のような独自装置を抱えている場合や企業ならではの大規模な装置を保有しているケースもあり、そのスケール感に圧倒されることもあります。一方で、少し残念ではありますが最近では自ら手を動かして試行錯誤する機会が減っていることを目の当たりにし、そういった話を耳にすることも多いです。汎用技術に触れられる機会は多いかもしれませんが、アカデミアのように尖った技術に触れて何かを突き詰める機会は減るといった印象です。
他には研究予算に関して、大学のように科研費の獲得が必須ではなく、比較的安定した予算のもと研究できる特徴があります。成果の形も、論文化に比べて特許や製品化といった実用性が重視されます。それでも、自分が関わった技術や製品が社会に出て、多くの人に使われているのを目の当たりにしたときの喜びや達成感は、企業ならではです。現場のニーズに即した技術的貢献ができる点も、大きなやりがいに繋がるのではないでしょうか。
アカデミアと企業では研究のアプローチや評価軸、働き方にこそ違いがあれども、どちらも「初めての発見によって世の中に何かを残す」という点で共通しています。立場を問わず、創造的な貢献ができることこそ、研究活動の大きな魅力だと私は実感しています。
共通する研究の魅力
アカデミアと企業では研究のアプローチや評価軸、働き方にこそ違いがあれども、どちらも「初めての発見によって世の中に何かを残す」という点で共通しています。立場を問わず、創造的な貢献ができることこそ、研究活動の大きな魅力だと私は実感しています。
メッセージ / Message
SPRING/BOOSTへの応募や博士課程の進学を検討されている方、既に採用されている皆様へ。もし進路に迷ったとしたら、ぜひ周囲の研究者や先輩、企業の研究者など、さまざまな立場の人に話を積極的に聞いてみてください。この世界には多様なキャリアの形があり、皆様それぞれのストーリーを描き続けられていると思います。そういったものの一部を参考にするなどして自分に合った道を作ることができると思います。私もそうしようと思います。